連載第二十回目

★競売が先か起業が先か?
まずは競売物件を落札してキャッシュフローを確保しよう。しかし今までに株式投資で増やした資金を、全て不動産につぎ込んでしまったら、それから先は家賃収入の範囲内でしか生活できないことになる。こうなったら、何がなんでも自分の仕事を見つけなければ。
焦る気持ちに押されるように、あれこれ考えた。この地域で必要とされているものは?半農半漁の町だから、どこの家にも必ず仕事用の軽トラックがある。またこの辺りの若者は高校を卒業するとまず免許を取って、親か祖父母に中古の軽自動車を買ってもらうのが、ごく一般的である。
『軽乗用車と軽トラックに特化した中古車販売』。
これなら地域密着型でニーズを掴みやすい。それに、小資本でも何とか始められそうだ。
ところがこのビジネスモデルには、致命的な欠陥がふたつあった。
まず、私は軽自動車に乗ったことがない。乗ったことがないから、良し悪しが判断できない。車種の区別もつかない。しかも私はメカ音痴。車に対する愛着もこだわりもない。修理どころかタイヤ交換もできない。修理は外注できても、知識がなければ話にならない。
ここまできて、ついに私は「無理」という判定を下した。起業するには、好きなことでないと続かないだろうということを実感した。
ある日私は、用事のついでに大分地裁に出かけてみることにした。
いつまで講釈を垂れていても始まらない。まずは行動を起こそう。
裁判所の駐車場らしき構内に駐車する。外に出てわかったのだが、そこは大分県警の駐車場だった。まあいい。駐車禁止とは書いてない。たむろする白バイ隊員たちに会釈をしてみる。怪訝な顔をされたが、気にしない。
生まれて初めて裁判所の門前に立つ。私は中に入るのを躊躇った。
本当に中に入っていいんだろうか。裁判官なんかが黒い法服を着て歩いてるんだろうか。勇気を出して建物の中に入ってみる。
意外なことに、たくさんの人が歩き回っている。事務的な感じの人と、交通違反者らしき若者の姿が目立つ。猫背の中年女性が、とぼとぼと疲れた表情で歩いている。息子の非行が原因で来ているのだろうか、などとつい勝手な想像をしてしまうのは私の悪いクセだ。
廊下の左右には重そうな扉がずらりと並んでいる。それぞれの扉に「第1号法廷」などという表札(?)がかかっていて、掲示板には裁判の日程が書かれている。弁護士控室に原告控室、被告人控室もあるが、どの部屋も空っぽだ。
競売の資料が置いてある部屋はどこだろう。通りかかった職員に、恐る恐る聞いてみる。
「あ、のー。競売不動産のことを調べたいんですが・・・。」
「ここじゃない。競売はあっち」どうやら別棟ということらしい。私の聞き方がいけなかったのか、たまたま虫の居所が悪かったのかかなり迷惑そうだ。
別棟に歩いて行って、別の人に、今度は特に愛想よく聞いてみる。
「あの部屋の中にあるガラス貼りの部屋です。」この人もつっけんどんだ。どうやら私の問題ではなさそうだ。おそらく裁判所の人は皆こんな感じなんだろう。客商売ではないから、来訪者に愛想よくする習慣はないのだろう。

連載第十九回目

★謎のブローカー、うっしー。
ネットで知った謎のブローカー。恐ろしいが、今の私には必要だ。
抑揚のない文面から察すると、60がらみの気難しい男性だろう。
怖いもの見たさで「私でも競売に参加できますか?」と書き込んでみた。すると、あっさり「できますよ。」という。競売ってそんなに簡単なものなのか?
当時の私には、競売の他にやるべきことがもうひとつあった。これからどんな仕事をして生活するのか方向性を決めるということだ。
どこかに就職するという気持ちはない。自分で事業を興すならば、何か特別な自分だけのノウハウか、専門的な資格かどちらかが必要だろう。しかし、取りたい資格もない。
それにしても、私にしかできない仕事なんてあるんだろうか?折も折、友だちが栢野さんの起業セミナーを主催するという。そういう場に身を置けば、良い刺激を受けられるかも知れない。私は早速、参加申込みをした。
驚いたことに、例のブローカー氏も参加するという。一石二鳥だ。
セミナー会場は別府温泉の古い集会所だ。会って驚いた。意外にもさわやかな好青年だ。それがうっしーこと、タウントラスト牛嶋氏との出会いだった。
「競売に参加したいので、その節はよろしくお願いします。」と、挨拶する。「えっ、本当にやるつもりですか?」うっしーは呆気に取られているが、とにかく道筋はついた。
私は半分目的を達したような気分で、セミナー会場を後にした。

連載第十八回目

★行動を起こせば人生が変わる!?
競売で不動産を買うという目標はできた。しかし、何をすればいいのか全く思いつかない。もやもやと時間は過ぎる。
ある日書店で「小さな会社★儲けのルール」という本を見つけた。ビジネス書には珍しく、鮮やかなブルーの表紙に、★印がどかんとひとつ印刷されている。
主題は「ランチェスター戦略」だ。弱者・零細企業が大手を相手にビジネスで勝ち抜くための処方箋である。これまで読んだビジネス書とは趣が違う。どう違うのかというと、著者の栢野克己さんが、自らの挫折体験や家族の辛い過去までさらけ出している。ハウツー本というよりは、「挫折なんかに負けるな!」というメッセージが込められているようだ。
巻末に「メール・ファックスで感想を気軽に送ってください!」とある。ものは試しとメールを出してみる。驚いたことにすぐ返事が来た。
「バツイチ子持ち?それはいい。起業に向いている。何しろ背水の陣だからね。是非、楽天日記を始めなさい。人生変わりますよ。」
楽天日記って何?調べてみると、どうやら、自分の日記を公開するホームページの無料サービスらしい。なぜそれで人生が変わるのかピンと来ないが、とにかくやってみよう。そして、その日のうちに楽天日記を書き始めた。ハンドルネームは「じんわり」だ。
テーマは自分のライフワークとも言える「安全で美味しい食べ物」だ。書くことは好きなので楽しかったが、書いているうちに予想外のことが起きた。日本全国に友人知人ができたのだ。企業経営者、コンサルタント、商店経営者、SE、大家さん、作家志望のフリーター、起業を目指す人。今までの生活では知り合う機会のなかった人たちだ。もしかして本当に人生が変わり始めたのだろうか。
中でも特に珍しい職業の人がいた。個人で競売不動産を扱う不動産業者。いわゆるブローカーという職業だろうか。日記には、淡々と全国の競売情報だけが書き連ねられていて人物像が全く見えない。プロフィールは空白。一体どんな人なんだろう。
関連本

小さな会社・儲けのルール―ランチェスター経営7つの成功戦略
竹田 陽一 栢野 克己
フォレスト出版 (2002/11)
売り上げランキング: 2,803
おすすめ度の平均: 4.5

3 新しい読者用に再販?
5 親しみ安い経営戦略
5 小学生でも分かるランチェスタ-

連載第十七回目

★競売 DE 大家さん?
小さい部屋をひとつずつ買う、と決心したものの、あてがあるわけではない。一体どうすれば買えるのかわからないが、いきなり不動産屋に行くことには抵抗がある。それなりの知識がないと、大失敗しそうだ。そこでまた本屋へ走る。
しかし不動産関係の本というのは、素人には、おそろしくとっつきにくい。不動産登記だの宅建だの、布団で読めばぐっすり眠れそうだ。立派な専門家が書いたものではなく、素人の立場で書かれた本はないのか?あちこち探して、ようやく私は1冊の本を見つけた。
サラリーマンでも大家さんになれる46の秘訣」。
エッセーのような軽いタッチだ。貯金がほとんどないサラリーマンだった著者が、競売で不動産を手に入れて大家さんになった体験を語っている。これならすんなり読めるし吸収できることがたくさんありそうだ。
ところで私は、この手の本を読む際に、注意していることがある。それは、書いてあることを鵜呑みにはしないということだ。著者の体験や感じたことは、あくまでも書いた当事者のものであり、自分にそのまま当てはまるとは限らない。著者の考えを読み取り、自分ならどう取り入れるかを考える材料にする。だから書いてある通りにはしない。自分の頭で考えて、自分流にやる。投資の形は人それぞれ違っているものだからだ。
早速読んでみる。なるほど、不動産は競売で買うと安いのか。そういう買い方があることを初めて知った。リスクはあるがリターンも大きいと見た。またこれを機に不動産の勉強をするのも悪くない。
競売で不動産を買うのは、「生産者から直接買う産直野菜」みたいなものだと私は解釈した。自力で良いものを探すのは大変だ。手間もかかる。どんな人が、どうやって作ったのか?味は?安全性は?栄養は?納得できる値段か?果たして本当に売ってもらえるのか?ハードルは決して低くはないが、納得して買うメリットは大きい。ただ、良し悪しを見極める選択眼は必要だ。
不動産とは一体どうやって見極めるものなのか、全くわからない。わからないが、ノウハウがあるはずだ。ノウハウを探そう。競売で不動産を買うためには、まず何をすればいいのだろう?私の中での新しい挑戦が始まった。
関連本

サラリーマンでも「大家さん」になれる46の秘訣―実践版 利回りがすべてのアパート・マンション経営入門
藤山 勇司
実業之日本社 (2003/07)
売り上げランキング: 14,803
おすすめ度の平均: 4.24

5 アパート経営は魅力的
5 亀的幸せ
4 こんな人もいるのだ

連載第十六回目

★ローンは誰でも組めるワケじゃない?
私が買おうとした22室のアパートは4700万円だ。尋常な金額ではない。「金持ち父さん貧乏父さん」に「ローンを組めばいい」と書いてあったが、実際にそんなことできるのか?
そのアパートを仲介している不動産会社に、銀行ローンを紹介してもらえるか聞いてみた。地元の信用金庫を紹介してくれるという。しかし、借りられるかどうかは別問題だろう。どういう人が審査をパスできるのかを調べることにする。
いくつかのことがわかった。まず、住宅金融公庫のローンは、自分が住む家を買うためのローンだということ。投資目的の中古アパート購入には使えそうにない。当然といえば当然だ。
次に、銀行のローン。銀行はお金を貸すのが仕事だ。貸すためには徹底的にリスクを排除する。担保がなければまず難しい。担保は、借りる金額以上の不動産を担保として差し出す必要がある。保証人も必要だ。職業的には、公務員が最も借りやすい。公務員の次は一流企業勤務。勤務年数は長いほど良い。つまり収入の安定した人だ。高収入よりも安定収入の方がポイントが高いらしい。
且つ、男性。しかも結婚している男性が圧倒的に有利である。家庭を持った男性は無茶をしないからだ。女性はよほどの高所得者か、大企業に勤めていなければ貸してはもらえない。結婚や離婚で何がどう変わるかわからないからだという。
しっかり働いて、ローンを組んで家を買おうという計画的な女性は律儀に返済するはずだ。この上ない上客だと思うが、銀行はそうは思わないらしい。
となると、定職がなくて夫がいない私など、はなからローンの対象になり得ない。唯一可能性があるとすれば、親を連帯保証人にして親が建てた自宅を抵当に入れて、借りることになる。ますます難しそうだ。
ダメ元で親に相談してみることにする。何かの間違いでOKが出るかも知れない。が、予想通り、交渉はあっけなかった。「あかん」の一言で終わり。所要時間約1分。
「今はデフレの時代。デフレの時には借金をするものではない。」
もっともだ。筋が通っている。説得は無理だろう。
不可能なことはあきらめ、可能性のあることを考えることにした。ズブの素人がいきなり大物を狙うなんてそもそも無理がある。まずは最初の一部屋。あとはコツコツと一部屋ずつ手に入れていこう。チリも積もれば山となるはずだ。

連載第十五回目

★不動産投資・・・注意1秒、怪我一生
不動産を買って大家さんになると決めてはみたものの、今の今まで全く無縁の世界である。どこでどう調べるのかもわからない。闇雲にYahoo!の不動産のカテゴリーを覗いてみる。
「投資用不動産」で検索をかけてみる。あるわあるわ、不動産販売会社。手当たり次第にあちこちのホームページを覗いてみる。どの会社も、画面から「買ってください」オーラがいっぱい出ている。きれいごとばかり書いてある会社はすっ飛ばして、物件情報だけが淡々と掲載されているサイトを選び、手ごろなアパートを探す。
良さそうな物件が2件見つかった。ひとつは宮崎県内。22室で4700万円。家賃は平均4万円。満室経営なら、月々の家賃収入は88万円。年収1056万円。利回りは22.4%。本当だろうか。
問合せると、すでに別のお客と交渉中だという。しかし数日後に、「あちらの話はキャンセルになりました」との連絡が入った。なぜキャンセルになったのかは教えてもらえなかった。
素人なりにあれこれ想像を巡らせて出した私なりの結論はこうだ。
「この物件は築15年経過している。ということは、水周りと外壁のオーバーホール時期が来ているはず。購入直後に、大きな出費があるとしたら、とても賄い切れない。このリスクは避けるべき。」
もう1件は東京都内、6室で2400万円。23区内でこの価格は掘り出し物に違いない。何はともあれ問合せメールを出してみる。取扱いは、銀座にある不動産会社の取扱いだ。私が出したメールに対して、待ってましたとばかりに、懇切丁寧な返事が来た。
「この物件はもう売れましたので、別の物件をご案内します。」
早速、物件情報が郵送されてきた。東京都内で6室で3000万円の物件である。東十条駅から徒歩3分。全室ロフト付きで築年数は14年。家賃は6万円で現在満室だという。年間の賃料は432万円。地代が毎月16320円かかるので、それを賃料から差し引くと利回りは13.4%。かなりの高利回りだ。お買得かも知れない。しかし何か妙な感じがする。どこかがおかしいのだ。
間取り図を何度も何度も眺めてみて、ようやくわかった。間取り図がシンプル過ぎるのだ。柱はどこだ?間取り図を見れば普通は柱の入っている部分がわかるものだ。しかしこの図面にはそれがない。
正式な図面ではないということか。しかも、「図面が異なる場合は現況を優先します」と書いてある。図面と実際が違うかも知れないと堂々宣言しているわけだ。
おかしなことはそれだけではなかった。このアパートの部屋には、玄関がない。ドアの外に靴を置くのだろうか?部屋の前に立って、入り口のドアを開けるといきなり寝室だ。玄関がないので、当然、下駄箱もない。よく見ると押入れもない。各部屋の面積は14m2。ロフトがなければ、布団を敷いただけでいっぱいだろう。部屋の約半分はバストイレとキッチンだ。家財はどこに置くのだろう。
チラシの説明文を、もう一度目を皿のようにして見る。「借地権」と書いてあるのが目に留まった。毎月地主に16320円の借地代を支払うことになっているらしい。
ということはつまり、3000万円は、全部建物代ということだ。
東京の不動産が高いのは地価が高いからだ。この建物に3000万円の価値があるとは私にはとても思えない。それに、ある日突然、地代を値上げされないとも限らないではないか。
それに、築14年の木造スレート葺きアパートをローンで買ったとしたら、返済が終わる頃には老朽化して、とても人に貸せる状態ではないだろう。もし買っていたら大変なことになっていたはずだ。
あとで知った情報によると、ネット上に客寄せ用の高利回り物件を出しておいて、問合せが来たら、「その物件はもう売れたので別の物件を・・・」というやり方は常套手段なんだそうだ。
不動産に限らず、投資というのは、宣伝文句に惑わされることなくシビアに見極めることが何よりも大切だとつくづく思う。

連載第十四回目

★キャッシュフローって何だ?
そういえば、初めて就職してから17年間ずっと働いてきた。明日の予定がない生活はこれが初めてだ。良い機会なので、会社を辞めてしばらくは、手当たり次第に本を読んだ。
印象に残ったのは「金持ち父さん貧乏父さん」。特に『時間が一番の資産』というくだりには共感を覚えた。
娘が学校から帰ると、毎日外でボール遊びをした。宿題にも付き合った。それまで平日の昼間にそんな時間を過ごしたことはなかった。娘は今まで見たことがないほど喜んで、毎日ボール遊びをせがむ。
「日曜日にお母さんとおでかけするのも好きだけど、普段の日に、一緒にボールで遊ぶ方が、もっとずっといい」。
意外だった。そういえば、私が家にいるようになってから娘は以前より明るくなった。私も、家族と過ごす時間をもっと大事にしたいと思うようになっていた。わがままだが、拘束時間の長い会社員にはもう戻れそうにない。
しかし、家にいて、時間の切り売りをせずに収入を得る方法なんてあるだろうか?「金持ち父さん」には『中古不動産を転売しろ』と書いてあるが、アメリカと日本では事情が違う。
もうひとつ、『キャッシュフローを持て』と書いてある。給料とは別の収入源を作り、収入の流れを増やすということだ。『あなたのポケットにお小遣いを入れてくれる不動産を持ちなさい』。
なるほど大家さんなら自分の時間が持てそうだ。そう考えた私は、不動産について調べ始めた。
関連本

金持ち父さん貧乏父さん
ロバート キヨサキ 白根 美保子
筑摩書房 (2000/11/09)
売り上げランキング: 480
おすすめ度の平均: 4.03

3 多くの読者の誤解
5 アンダーライン(傍線)でページがいっぱいに。
5 奥の深い金持ち哲学のはじめ方

連載第十三回目

★天職か転職か?!
再就職して2年。微生物の仕事を通して、私は環境問題に強い関心を持つようになっていた。2003年4月、作家の栢野克己さんに勧められ、「安全で美味しい食べ物」というテーマで、日記形式のホームページに文章を書き始めた。時間が経つほど味が出る生き方がしたいという思いを込めて、「じんわり」と名乗ることにした。
一方、社運を賭けて1年以上受注活動を続けてきた公共事業の受注の結果発表が目前に迫る。最終選考の2社に残ったものの、実績がないので受注は奇跡に近い。もし受注できれば、会社は大きく躍進するだろう。しかし結局、社員1名の弱小はヤン坊・マー坊に勝てなかった。
日本の農業を変えることが私の天職だと思っていた。堆肥センターの建設が実現すれば、その第一歩になるはずだった。堆肥センターで作った堆肥で、農薬や化学肥料を使わない産地を創る。その町は唯一、頑固な社長の主義を理解してくれた自治体だ。そこでの実績を足がかりに、他の自治体にも広げるという夢はあっさり消えた。折りしも後継者である社長の息子が会社の決定権を持つことになり、別の場所で新規事業を始めた。そして、父親の会社では今後一切、営業活動をしないことに決まった。
当面の目標を失い、私は今後の身の振り方を考えるようになった。本を読み漁り、自分がしたいこと、継続してできることを探した。もう、どこかに就職するいう選択肢は私にはない。条件は今の自分のライフスタイルを変えないこと。田舎にいても、子どもがいてもできること。時間の切り売りをせずにできることを考え続けた。
幸い15年近く続けてきた株式投資で、ある程度の収入が得られるようにはなっていた。田舎だから生活費は大してかからない。株の収入は不安定だが、しばらく働かなくてもやっていけそうだ。一度フリーになってじっくり考えてみよう。
そう考えた私は2003年9月末、3年弱勤めた会社を退職した。

連載第十二回目

★これも修行のうち?
勤務先は、山の上で環境微生物を培養している会社だ。経営者は、ベレー帽を被った個性的な発明家である。
何しろ社員は私ひとり。総務、経理、資材の発注、企画、パンフレットや資料の作成、営業、受注、出荷、製造管理、クレーム対応、その他もろもろ何でもありだ。
何より面白いのは社長に同行しての営業活動だ。農家、牧場、食品工場、役所、大学、県庁、農協、農業試験場。相手が誰だろうと、どんな場違いなところだろうと堂々と訪ねていく。
行くのはいいが、開口一番「あんたのやり方は間違っとる」とぶちかますものだから、「一体何しに来たんだ?」と怒鳴られたり、大ゲンカして追い返されることの方が多かった。
社長の理論には筋が通っていたが、言い方が悪いので相手を怒らせてしまう。横にいる私は身の縮む思いだったが面白かった。そんな風だから、いくら営業してもちっとも売り上げにつながらない。
古い営業車はよくトラブルを起こして煙を噴いた。何度も散々な目に会った。しかし私は行き帰りの車中で社長独特の「微生物論」、「農業論」、「歴史」、「環境論」、「宗教論」、「易学論」などが楽しみだった。
月末が来て支払が滞ると苦情の電話が鳴る。月末になると、なぜか社長はいなくなる。
「お宅の社長はトンズラか?一体どういうつもりだ?」と詰め寄られても、いないものはいない。平謝りするしかなかった。そこで、私は払えないなら払えないと事前に断りを入れるべきではないかと進言した。すると翌月から、「払えません」という取引先への連絡業務は私の仕事になり、苦情は私宛にかかってくるようになった。この会社では、前の会社では見えなかったことがたくさん見えた。
そんな状態でも会社は潰れなかった。社長の創り出した微生物が、他にはない特徴を持っていたからだ。NHKが30分の特集番組を組んだほどの微生物を求めて、農家や畜産家、大企業やブローカーなどいろんな人が全国から次々やって来る。海外からも来た。
いくら良い商品を持っていても、それを世に出す術を知らなければ広まりはしない。そうは言っても、よそにないものを持っているとこんなにも強いのか。私はひとつ大事なことを学んだ気がした。

連載第十一回目

★田舎でスキルアップ?!
「泣いて頼んでもだめか?」そう言って遺留してくれた上司の言葉を胸に、2000年3月末、13年勤めた会社を退職した。
子どもの幼稚園の入園式に間に合うよう、慌ただしく引っ越した。
九州にある半農半漁の小さな田舎町である。
足がないと身動きが取れないので、まずは車のディーラーへ行く。
方向音痴対策として、カーナビ付きの小型車を買う。
次はハローワークだ。失業手当の手続きのため何度か通ううちに、「職業訓練制度」というのがあることを知った。失業手当をもらいながら、いろんな技能を習得することができる。これを活用しない手はない。これを機にスキルアップしよう。事務系のコースに入学し、取れる資格は全部取ることにした。
6月から11月まで職業訓練を受けた。11月は、資格試験を受けながら就職活動をした。自分がやってみたいような仕事があるとは思えなかったが、とにかく探した。この際だからできるだけ小さな会社がいい。
大きい会社組織はもう13年も経験したから、大体わかっている。
だから今度はできるだけ小さな組織に入って、生身の経営に触れてみたい。
12月には、希望通り、これ以下はないという小さな会社に就職した。社員は私ひとり。入社して最初の仕事は、自分のための就業規則作りだった。
次に、税務署に事業所設立届けを出し、銀行口座を開設する。自分のための社会保険と雇用保険加入手続きもした。労働者名簿も給与明細書も自分で作る。ついこの間まで職探しに通ったハローワークに行って、今度は雇用保険の加入手続きをした。
税理士も社会保険労務士もいないから、エクセルで、勤務簿と連動した給料計算表を作ってみる。
基本給に残業代や出張費を上乗せして、天引きの社会保険料を差し引いたものが課税対象となる。そこから源泉税を自動計算させて、それも天引きする。最後にガソリン代などの立替金を上乗せしたのが支給額。給料計算をして、源泉徴収し、所得税の納付書を書き、銀行の窓口で納付する。
何から何まで初めての経験で戸惑うことばかり。しかし、これらは全て自分のノウハウになった。