連載第二十五回目

★熱意と執着心の値段
初めての入札で一体どんな価格をつければいいのだろう?まずは、現在の家賃から逆算して利回りを計算しよう。競売物件なら利回り14~15%程度見込みたいところだ。
しかし、今回は立地が非常に良いので、入札件数が多くなるはず。
件数が多いということは、高値がつく可能性が高いということでもある。しかも地下鉄が開通すれば地価が上がるはずなので、不動産自体の価値も上がるだろう。それを当て込んで大胆な高値をつける人がいるかも知れない。
利回りの設定が難しく、悩みに悩んだ。利回りというのは利息とは違う。利息は貸したり預けたお金に対して何%つくか?という計算をするが、利回りは、投資したお金が何年で回収できるか?という考え方がもとになっている。つまり、利回り10%なら、投資金額が10年で回収できて、11年目以降に入ってくるお金が全て収益ということになるし、利回り20%なら5年で回収できる。
利回りは、最低10%は欲しいが、高く設定し過ぎると勝てない。
11%にしよう。家賃は56,000円。うち2割はマンションの管理費、修繕積立金や毎年の固定資産税などの経費として差し引いた後の手取り額を11%の利回りでまわすという意味である。そうすると計算式は下記のようになる。
毎月の手取り収入=56,000×0.8=44,800円
年間の手取り収入=44,800×12ヶ月=537,600円
利回り11%でまわす場合の投資金額=
537,600÷0.11=4,887,272.7≠4,887,273円
ということは、私にとっての適正価格は、4,887,273円ということになる。ここまでは誰もが考える利回り計算だ。さてこれからが問題だ。上乗せするか?差し引くか?どちらにしても500万円仕事。
ここまで来たら中途半端なことはしたくない。「この値段で駄目ならしょうがない」と思えるだけの思いを込めたい。
しかし、考えても考えても、答えが出ない。だんだん疲れてきた。
限界だ。証券会社から来た書類や、通帳や、とにかくそこらへんにあるものを手当たり次第に持って車を走らせ、宇佐神宮に向かう。
こうなったら神頼み、ではない。無神論者の私が、唯一頼りにしているのは、宇佐神宮の向かい側に祀られている弥勒菩薩さんだ。
この弥勒菩薩像は、明治時代の排仏棄釈の折、危うく取り壊されそうだったところを、信者たちが隠して難を逃れたのだという。
弥勒菩薩とは位の高い仏様で、本来ならば立派なお寺に本尊として祀られていてもおかしくないのだそうだ。しかし、歴史の悪戯で、今はひっそりと祀られている。宇佐神宮には、たくさんの人が観光バスでやってくるが、すぐ向かい側の弥勒菩薩さんにお参りする人はいない。
「だからこそ、この弥勒菩薩さんを頼ってやって来る数少ない者には大きな力を貸してくれるのだ」と、以前勤めていた会社の社長が教えてくれた。その会社の名前はミロクである。だから私は、弥勒菩薩さんには何か縁のようなものを感じるのだ。
何かあると、お供えの菓子を持って弥勒菩薩さんにお参りに行く。
不思議と、弥勒菩薩さんにお願いしたことは全て叶ってきた。非科学的かも知れないが、私は弥勒菩薩さんのおかげだと信じている。
ところで、ミロクの社長は易学の好きな人である。易学によると、私の数字は‘7’である。‘7’の人は‘天地人(てんちじん)’だという。そして‘天地人’の持つ意味は、「‘7の人’ががんばっていると、それを見て周囲の人が助ける、その様子を見て、天が助ける」ということなのだそうだ。
だから私は今回、値決めをするにあたり、‘7’にこだわることにした。ちなみに自分の数字は、生年月日の数を全て一桁になるまで足し込んで出す。私なら1964年9月14日を分解して足していくと、最後は‘7’になる。
1+9+6+4+9+1+4=34
3+4=7
私は弥勒菩薩さんのそばの駐車場に車を停め、証券会社の一覧表を取り出した。私が所有する株式銘柄や社債、外国債、金融商品などの金額一覧である。その中から端数が残っているものを上乗せすることにした。その他に、福岡まで1回行かずに済んだ時のJR代、財布に入っていた現金、他からたまたま入った臨時収入などを全部拾い出してみることにした。
2003年11月17日現在。
外貨MMF            18,047
MMF                 171
信用金庫口座開設         100
福岡までのJR代         6,000
財布に入っていた現金     54,492
臨時収入             70,000
────────────────────
             小 計  148,810
そうだ、この金額を上乗せしよう。これが私の「物件に対する熱意と執着心」の値段ということにすれば納得がいく。これを、利回り11%で計算した4,887,273円と足してみる。
4,887,273+148,810=5,036,083
試しに、この金額を一桁になるまで足してみる。
5+0+3+6+0+8+3=25
2+5=7
‘7’。私は納得して、運転席で入札書に金額を書き込んだ。
弥勒菩薩さんに手を合わせる。「これで落札できたら、私の人生が何か変わりそうな気がします。どうか私に力を貸してください。」